平和学の碩学、ノルウェーのヨハン・ガルトゥング(1930年~)は、平和の対極に、戦争ではなく暴力を置き、単に戦争のない状態を「消極的平和」とした。これに対して、環境破壊、人権侵害、難民、貧困等、人間の安全を脅かすような構造的暴力のない状態を「積極的平和」とした。日本国憲法前文が、「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免がれる権利」(平和的生存権)を定めるのは、そのような積極的平和を目指す立場の現れである。最近の政府がいう「積極的平和主義」は別の意味である。2014年1月に安倍首相が行った施政方針演説によれば、世界の平和と安定に貢献することが積極的平和主義だとされ、これに基づいて集団的自衛権の対応を検討することや、中国の力による現状変更に毅然と対応する方針が示された。そこから推測すれば、「積極的平和主義」とは、日本が世界秩序を維持するために積極的な役割を担い、その際に武力行使も辞さない立場をいうのであろう。武力という暴力を認める点で、政府の「積極的平和主義」は、平和学にいう本来の積極的平和とは正反対の概念であることに注意したい。