2005年9月、デンマークの新聞「ユランズ・ポステン」に掲載された風刺漫画で、複数の漫画家がイスラム教の預言者ムハンマド(マホメット)をやゆしたことに対して、世界各地のイスラム教徒は反発と抗議の輪を広げた。これに対抗してヨーロッパ各国の新聞はこの漫画を転載して「表現・報道の自由」を訴える動きを拡大させた。「ユランズ・ポステン」の風刺漫画掲載に対しては、05年10月にデンマークのイスラム教徒団体が抗議声明を出し、06年1月にはサウジアラビアが駐デンマーク大使を召還、リビアが在デンマーク大使館を閉鎖、パレスチナ自治区ガザでも武装グループが欧州連合(EU)事務所を包囲、謝罪要求をするなど反発と抗議は拡大した。同月末、「ユランズ・ポステン」は謝罪した。これに対してノルウェーの「マガジネット」が風刺漫画を転載したのを皮切りに、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、オランダ、スイス、チェコなどヨーロッパ諸国の有力紙が次々とこれを転載し、表現・報道の自由を主張した。イスラム教徒の反発と抗議はヨーロッパから中東、アジアへと拡大した。イスラム教の預言者ムハンマドの風刺漫画掲載は、表現の自由か宗教への冒とくかという難問を提起することになった。小説「ダヴィンチ・コード」の映画化をめぐっても、カトリック団体による上映反対の騒ぎが生じるなど、表現の自由と宗教をめぐる対立は、21世紀が抱える大問題になりそうである。日本では1988年にイギリス人作家サルマン・ラシュディの小説「悪魔の詩」を翻訳した筑波大学助教授の五十嵐一さんが91年に筑波大学構内で殺害された事件がある。この事件は2006年7月、容疑者を特定できないまま時効となった。イギリス政府はサルマン・ラシュディに07年6月、ナイトの爵位を授与した。イラン政府はこの叙勲を、イスラムを敵視するものと非難し、パキスタン下院はイギリスに授与撤回を求める決議を行い、国際テロ組織アルカイダのナンバー2、ザワヒリはビデオ声明で、イギリスへの報復テロを行うと警告した。パキスタンの有力モスク運営団体は、ラシュディの首に100万ドルの懸賞金をかけたと報じられた。