受精卵が成体の形になる過程を個体発生といい、地球上に最初に誕生した単純な生物から多種多様な形が生まれてきたその変化の過程を系統発生という。動物は、その個体発生の過程を基本的には変えずに、過程の最後の段階でさまざまな形態形成を付け加えることによって進化してきた。現在の魚類が祖先に近い形態をもっているのは、個体発生過程をあまり修飾しなかったためであり、哺乳類などの外形が大きく変わっているのは、個体発生過程の後半がとくに異なるためである。個体発生が系統発生を繰り返すように見える、すなわち哺乳類の胚(はい)が下等脊椎動物に似るのは、この理由によると説明される。ヒトの身体の構造のうち、単純に機能だけで説明しきれない部分が、個体発生の過程と進化の道筋を知ることにより、しばしばよく理解できる。脊椎動物の身体に共通する基本的な構造、すなわち体制が存在することは、フランスの解剖学者ジョフロア・サン=チレールとキュブィエの間に戦わされたアカデミー論争を通じて、19世紀初めに広く認められるようになった。またこの頃から動物の個体発生が盛んに調べられ、ヒトの胚が魚類に似ていることも気付かれるようになった。こういった成体や胚の構造についての素朴な観察は、ダーウィンの『種の起原』に始まる進化論の興隆を経て「個体発生は系統発生の短い反復要約である」という有名な「生物発生原則」として定式化される。しかしこの個体発生と系統発生の並行関係は、あくまでも経験則であって、数学や物理学におけるような厳密な法則ではない。