脊椎動物の最も原始的な祖先は、無顎類(むがくるい)という顎(あご)のない魚類であった。無顎類は食物の摂取様式に大きな制約があるので、祖先の無顎類は、現在のホヤなどのように、口から吸い込んだ水を鰓(えら)で濾過してプランクトンを捕らえるなどしていたと考えられる。無顎類に属する魚で現在まで生き残っているヤツメウナギとメクラウナギは、他の動物に寄生したり、腐肉を漁るなどの生活をしている。脊椎動物が進化のごく初期に可動性の顎を獲得して顎口類となったのは、脊椎動物の進化史における大事件であった。顎の骨格は、咽頭の周りの鰓弓(さいきゅう)の骨格を利用して作り上げられた。ヒトの頭蓋でも、下顎骨そのものは間葉から直接骨化する膜性骨として生じるが、下顎骨の中心部に発生初期にできるメッケル軟骨は、第1鰓弓に由来する構造である。第1鰓弓から生じる骨格としては、これ以外に中耳のツチ骨とキヌタ骨がある。中耳のアブミ骨ならびに舌骨の上半部は、第2鰓弓から生じる。
ヒトの顎関節を作る骨は下顎骨と側頭骨であり、両者は共に膜性骨である。しかし爬虫類以下の動物では、顎関節を構成する骨が異なり、第1鰓弓由来の関節骨と方形骨が顎関節の関節面を作る。哺乳類の祖先が爬虫類に似た動物から進化する間に、この関節骨はツチ骨に、方形骨はキヌタ骨になって中耳にとりこまれ、顎関節は耳小骨の間の関節に変わったとされている。この破天荒な説を主張したのはドイツの発生学者たちである。19世紀前半にライヘルトが主張し、20世紀初頭にガウプが哺乳類の個体発生の所見に基づいて支持したので、この説はライヘルト=ガウプ説と呼ばれる。また下顎と中耳の骨の構造は、哺乳類が爬虫類から進化する道筋を化石によってたどる際の、重要な手掛かりになっている。