魚類では、鼻腔の前後の開口はともに体外に開いて、前鼻孔、後鼻孔となっている。脊椎動物が上陸するに伴い、鼻腔は口腔の天井に開通して内鼻孔を作り、空気の取り入れ口となった。両生類などの下等脊椎動物では鼻腔と口腔の間に明確な境界はないが、哺乳類になって二次口蓋が形成され、両者の分離は初めて完全なものになる。
ヒトの個体発生では、鼻腔と口腔の周囲の構造は顔面の3種類の隆起、すなわち前頭鼻隆起、上顎隆起、下顎隆起によって形成される。鼻腔の入口である外鼻孔は、前頭鼻隆起の下端の1対の切れ込みの中に納まる。前頭鼻隆起の外側部と上顎隆起の間の溝からは鼻涙管が生じる。鼻腔と口腔を隔てる口蓋は、左右の上顎隆起から出た口蓋突起が正中線で融合することによりできる。この融合が不完全に終わると、さまざまな程度の口蓋裂が生じる。口蓋裂が生じると、顔の外形が障害されるばかりでなく、乳児が母乳を吸引できなくなる。このことからも、口蓋の形成が哺乳類の成立にとって不可欠な条件であることが分かる。
脊椎動物が哺乳類に進化する際に、口腔の構造には口蓋が形成される以外にもさまざまの変革が生じた。肉質の頬の形成、歯列の多様化、大唾液腺の発達である。頬の壁を作り唇を閉める筋は顔面神経支配の表情筋であるが、これは哺乳類になって生じたものである。下等脊椎動物では、頬がないために口が耳近くにまで裂けている。爬虫類など下等脊椎動物ではほぼ同形の歯が並んで歯列を作るが、哺乳類では切歯、犬歯、前臼歯、臼歯といった形態分化が生じている。この形態分化により、歯はただ獲物を捕獲するだけでなく、食物を噛み切り、引き裂き、すり潰すことができるようになった。哺乳類の大唾液腺には耳下腺、顎下腺、舌下腺があるが、これは哺乳類に独自のもので、下等脊椎動物に対応するものはない。口蓋と頬の形成、歯列の多様化、唾液腺の発達によって、哺乳類は食物を閉ざされた口腔内で十分に咀嚼(そしゃく)することができるようになった。本来、口腔は消化管の入口であり、鼻腔はにおいの感覚器であり、呼吸器とは関係がない。