生命維持に必要な酸素を、ヒトは肺を通して空気から取り入れている。ヒトに限らず陸上で生活するすべての脊椎動物は、肺を使って呼吸している。しかし系統進化史をさかのぼると、祖先の原始的な脊椎動物は、水中で生活をし、水の中から酸素を取り入れていた。水の中から酸素を取り入れるために発達した器官は鰓(えら)であり、現生の魚類は鰓を使って呼吸をしている。しかし最も原始的な祖先の無顎類(むがくるい)の魚類では、鰓は摂食のために用いられ、むしろ体表の皮膚を通して呼吸をしていたと考えられる。脊椎動物の進化史における鰓の運命は、劇的である。無顎類では摂食器官であったものが、顎口類の魚類では呼吸器官となった。さらに空気呼吸の四肢動物では、呼吸機能から解放され、鰓を作っていた骨格や筋や神経や血管といった素材が、頭から胸にかけてのさまざまな構造を作るようになったのである。たとえば下顎骨や耳小骨、喉頭の軟骨、顎(あご)を閉じる筋や顔面の筋、さらに心臓から出る大動脈とその大きな枝が、鰓に由来したということで、鰓弓器官(さいきゅうきかん)と呼ばれている。四肢動物の肺は、魚類の鰾(うきぶくろ)と相同だといわれている。しかし鰾から肺が生じたわけではない。鰾をもつ魚類で原始的なものをみると、肺と同じように、消化管とつながっているのがわかる。むしろ現生の肺魚のように、淡水に生息し、乾季に空気呼吸をする必要に迫られた祖先の魚類で肺が生じ、それが一方では四肢動物の肺になり、もう一方では鰾になったと考えられる。