外場(磁場、電場、応力)のない場合でも、自発的に磁化、電気分極、ひずみなどの自由度に秩序化が生じる物質がある。磁化に秩序化が生じるものを強磁性(ferromagnetism)、電気分極に秩序化が生じるものを強誘電性(ferroelectricity)、ひずみに秩序化が生じるものを強弾性(ferroelasticity)と呼ぶが、これらの偏りが巨視的に向きをそろえて秩序をつくるフェロイック(ferroic)な性質が同一の系に共存している物質群は、複数のフェロイックな性質がある物質ということで、マルチフェロイック物質(multiferroic material マルチフェロイック材料)と呼ばれる。反発的な秩序化が生じる性質(アンチフェロイック antiferroic)とフェロイックな性質が共存しているような場合にも、広義の意味でマルチフェロイックという用語が用いられる場合が多い。マルチフェロイック物質は、異なる秩序状態の相互作用により新奇な応答現象が期待される。たとえば、マンガン酸化物であるEu0.55Y0.45MnO3では、強磁性的な性質と強誘電的な性質が共存するため、電磁波である光があたると通常の物質には現れない特異な特性が出現する。具体的には、同じ物質であるのに光が右から入り左に進む場合と、左から入り右に進む場合で、光の吸収率が変化する方向二色性(directional dichroism)という性質が観測される。電場を加えることで磁化の向きが反転する磁石も実現されている。これらのマルチフェロイック物質群は新たな光・電気デバイスやセンサーへの応用が期待され、世界中で研究競争が進んでいる。