現在、時間測定の基本になる「秒」はセシウムなどの原子内の状態間の遷移周波数を基準として定義されており、1×10-15(3000万年に1秒のずれ)の正確さを有し、原子時計(atomic clock)やセシウム原子時計(cesium clock)として知られている。この精度をさらに向上させようとして登場したのが、光格子時計である。
原子内の励起状態(エネルギー準位が高い状態)と基底状態(エネルギー準位が最も低い状態)の間の遷移は本来非常に正確に一つの周波数を示すが、自由空間を運動する原子ではドップラー効果による広がりが大きくなる。これを抑えるために、レーザー光を干渉させて生成した周期的に並んだ多数の微小空間、すなわち光格子(optical lattice)に原子を強く閉じ込めたものが用意された。さらに、光格子では一度に多数の原子を捕捉できるため、平均化の効果によって大幅に信号対雑音比を改善できる利点もある。光格子への閉じ込めの影響で、原子のエネルギーの状態は変化するが、励起状態と基底状態に同じ変化が生じる魔法周波数(magic frequency)と呼ばれる特別な周波数を選ぶことで、この影響も回避することができる。さらに光周波数コムなどの技術を用いて遷移周波数を高精度に測定することで、光格子時計の精度は大幅に向上し、-178℃でストロンチウム原子約1000個を捕捉した2台の光格子時計が2×10-18の精度で一致することが確認された。これは、2台の時計で1秒のずれが生じるのに160億年かかることに相当する。このような時計ができても意味がないと思う人もいるかもしれないが、ここまでの精度が得られるようになると、重力が強いところでは時間がゆっくり進むという一般相対論的効果を観測することができる。将来は1cmの高低差による重力の変化を検出できる可能性があり、物理学として面白いだけでなく、場所や時間による重力変化の精密計測を利用した微小な地殻変動の把握、マグマだまりの検出、さらには地下資源探査などへの応用が考えられる。