アメリカのスタンフォード大学のマーカス・W・カバート教授らが、単細胞生物の一種であるマイコプラズマ・ジェニタリウム(Mycoplasma genitalium)のゲノムデータに基づいて作製した、細胞シミュレーター。細胞の成長から複製までのほぼすべてのプロセスをコンピューター上で人工的に再現することができる。同チームが作製した、遺伝子すべての情報を盛り込んだバーチャル細胞モデルでは、28個の異なるモジュールが、DNA、RNA、たんぱく質、代謝に大別されて、それぞれが相関しながら分解や修復を繰り返していく様子をシミュレーションすることで、細胞が生まれてから、分裂するまでの細胞周期を再現できる点で画期的といえる。これにより、本物の細胞の遺伝子を手間と時間をかけて改変・操作することなく、特殊な形質の「改変細胞」をコンピューター上で「設計」し、「製造」して、その振る舞いを追跡することができる。
しかし、同様のアイデアは日本のチームが先行している。1999年に慶應義塾大学はゲノム科学研究所(TIGR ; The Institute for Genome Research)のC.ハチソン博士やC.ベンター博士らと共同で、同じマイコプラズマ・ジェニタリウムの遺伝子の1/3をカバーしたシミュレーションによる細胞モデルを、細胞シミュレーション開発を手がける同大学による「E-Cellプロジェクト(E-Cell Project)」の成果として先に発表している。このプロジェクトは現在では理化学研究所と共同で、分子一つひとつに着目した「1分子レベル」での解析と大腸菌や酵母などの、より高等な生物モデルシミュレーションへの挑戦に発展している。
ヒト細胞は、この単細胞生物より複雑な分子同士の関わり合いをもつだけでなく、遺伝子による制御も複雑であり、この技術のヒト細胞への適用が可能となれば、さまざまな病気の発病のメカニズムや、それに対する効果的な治療といった医療行為があらかじめコンピューター上でシミュレーションできることになり、今後の発展が期待される。