通常の物質で温度を下げていくとき、隣接したスピン(電子の自転で、上向きと下向きがある)間に同じ向きに揃う相互作用がある場合は、スピンは同じ向きに揃い、反対方向に揃う相互作用がある場合はスピンは交互に反対向きに並ぶ。しかし、スピンが正三角形に配置された構造で、反対向きに並ぶ相互作用がある場合、隣接するスピンがすべて反対に向く状態を作ることができず、不安定になる。たとえば、水が氷になるように、通常の液体は低温では固体になるが、この不安定な状況においては、スピンは絶対零度(-273.15℃)まで液体状態を保つことになる。このユニークな状態は1973年に理論的に予想され、量子スピン液体、あるいは単純にスピン液体と呼ばれている。これまでにこの状態を実現する候補物質として、希少元素や毒性元素を含む数例の複雑な物質が見つかっていたが、2017年に炭素と水素から成るフェナントレン(phenanthrene)が整然と並んだ結晶に電子を導入することで、量子スピン液体が実現されることが確認された。一般的な物質でこの特異な状態が実現されたことで、量子スピン液体を量子情報処理やスピントロニクス、超伝導などへ応用する可能性が広がった。