環境や人間の健康などに取り返しのつかない重大な悪影響を与えることが懸念される場合には、科学的知見が不確実でも何らかの保護対策を講じるべきである、とするリスク管理の原則。1970年代初めにドイツやスウェーデンの環境法で導入され、90年代には国連環境開発会議の「リオ宣言」第15原則、気候変動枠組条約、生物多様性条約など、国際的に広まった。リオ宣言の事例では、「重大な、あるいは不可逆的な 損害のおそれがある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きい対策を延期する理由として使われてはならない」と定式化されている。このような考え方の背景には、乱獲による漁業資源の減少や、公害問題などへの対応の遅れという歴史的経験がある。他方、事前警戒原則の適用は、科学的証拠のない恣意的な意思決定と見なされる危険があり、貿易における疑装された保護主義と非難されることもある。EU(欧州連合)によるアメリカ産合成成長ホルモン肥育牛肉や遺伝子組み換え作物の輸入・販売禁止措置のように、実際に貿易摩擦に発展し、WTO(世界貿易機関)に輸入国側が提訴されたケースがある。