マクロな現象に制約を課す二つの基本法則がある。その一つである熱力学第一法則(first law of thermodynamics)はエネルギー保存則(energy conservation law)の別名であり、エネルギーが力学的形態や熱的形態など形を変えてもその総量は一定不変に保たれるという法則である。第二の制約は熱力学第二法則(second law of thermodynamics)あるいはエントロピー増大則(principle of increase of entropy)である。R.クラウジウスによって熱力学的概念として導入されたエントロピーは物質間でやりとりはできるが、エネルギーと違って状態変化が進行する間は生み出され続ける。過去と未来に関して非対称なこの法則の表れを、私たちは不可逆過程として経験している。角砂糖がコーヒーの全体を甘くしても、その逆過程は決して経験されない。ミクロな意味を明らかにし、この法則の根拠を明らかにしたL.ボルツマンによれば、あるマクロ状態のエントロピーはその状態の下で許される無数のミクロ状態の数の対数に比例する。統計力学の基本的な要請である等確率原理(principle of equal probability)によってすべてのミクロ状態は等しい実現確率をもつから、エントロピー増大則は「より実現確率の高いマクロ状態へとシステムは変化する」という当然の事実からの帰結と考えられる。J.ギブスの統計力学は熱平衡状態に関するものであるが、不可逆過程を記述する統計力学、すなわち非平衡状態の統計力学(non-equilibrium statistical mechanics)、あるいは不可逆過程の統計力学はより新しく、熱平衡からのずれが十分に小さい場合に限れば久保亮五による線形応答理論(linear response theory)として完成された理論体系をもつ。これによって物質の電気伝導や熱伝導などの輸送現象(transport phenomena)を扱うことができ、凝縮系物理学(condensed matter physics)の発展のための不可欠の枠組みが与えられた。