日常的に使われる「欲求不満」という意味とは違い、物理学では物質を構成するミクロな要素(原子、分子、スピンなど)が物質全体のエネルギーを最小にするためにどのような状態分布をとればよいかが事実上決まらないような状況を指す用語である。たとえば、正三角形の三つの頂点a,b,cのおのおのに上向きまたは下向き状態のみをとりうるスピン(イジング・スピン Ising spin)を置こう。隣り合う2個のスピンは互いに逆向きになるほうが向きをそろえるよりも相互作用エネルギーを低くすることができるとする。この場合、三つのスピン対(a,b),(b,c),(c,a)があるが、これらすべてを逆向きスピン対にできればエネルギーの総和は最小になるはずだが、それは明らかに不可能であり、どうしても向きのそろうスピン対が一つはある。そのようなスピン対は3通りある。つまり、最低エネルギー状態は三つある。この3スピン系を構造単位とするような二次元格子が三角格子イジングモデルと呼ばれる磁性体の仮想的モデルであるが、そこでは最低エネルギー状態を実現する無数のスピン配置パターンが安定に存在する。上記ではスピン間相互作用はいわゆる反強磁性相互作用(antiferromagnetic interaction)であるとしたが、これと強磁性相互作用(ferromagnetic interaction)が共存するいわゆるスピングラス(spin glass)は、フラストレーションの性質をもつ現実的な磁性体の代表例である。スピングラスはニューラルネットワークのモデルとしても用いられているが、その最大の理由はフラストレートした系がこのように非常に多くのミクロパターンを安定に保持できるからであり、この性質を多数の記憶の貯蔵に対応させうるのではないかと考えられるからである。