固体表面に液体が乗っているという物理的状況は日常茶飯事であるが、現代物理学のテーマとしても奥味深いものがあり、塗装や表面被覆などと関連して工学的応用上もその研究はきわめて重要である。このような物理状況では、大ざっぱに言って固体表面が「濡れている」場合と「濡れていない」場合がある。完全な濡れ状態とは、液滴と固体面との接触角が0で、液が面に広がる場合である。逆に、たとえばガラス板の上に水銀の滴を載せた場合には、水銀は球形(すなわちガラスとの接触角は180°)になり面はまったく濡れない。これらの中間状態を部分的な濡れ(partial wetting)と呼ぶ。インクや潤滑油や塗料は基盤面を濡らすことが必要であり、水が土に吸い込まれるのは多孔質である土壌の固体面を水が濡らすからである。近年の研究によって、部分的な濡れ状態と完全な濡れ状態との間には相転移が存在し、多くの場合一次相転移(first order phase transition)であることが明らかになった。これを濡れ転移と呼ぶ。上記は固体表面が滑らかな場合であるが、粗い表面の場合には接触面が滑らかな場合より広くなることや表面と液体との間に空気が入り込むことなどによって現象はより複雑になる。たとえば、フラクタル(fractal 自己相似構造をもつ図形)表面の濡れ転移に関する理論があり、濡れ転移という新しいタイプの相転移現象は統計物理学的にも興味深い問題を提起している。