強磁性金属の薄膜と非磁性金属の薄膜を交互に重ねることで作られた人工格子は、通常の金属や半導体ではありえないほど、外部磁場によって電気抵抗が大きく変化する。これは、ある強磁性層の磁化ベクトルの向きが、それと隣り合う強磁性層のそれと逆向きかあるいはそろっているかによって、スピン磁気モーメントをもつ伝導電子が強く散乱されたりされなかったりするためである。この現象を巨大磁気抵抗効果と呼び、発見者のA.フェールとP.グリューンベルクは2007年度のノーベル物理学賞を受賞した。外部磁場のわずかな変化を電流の変化を通じて感知できることから、この系は磁気センサーの機能をもち、代表的応用例としてハードディスクドライブ(HDD)のヘッドがある。電子は電荷とスピンという二つの基本的属性をもっているが、このようにスピン自由度に着目することで電子の流れを磁気的にも制御することが可能である。この可能性を追求する工学分野はスピントロニクス(spintronics)と呼ばれ、従来のエレクトロニクスを超える機能をもつシステムの開発が進んでいる。巨大磁気抵抗効果はスピントロニクスの最も基礎をなす現象であるといえる。