電子は電荷をもつとともに、「自転」に基づくスピンとよばれる固有の角運動量(angular momentum)と、それにともなう磁気モーメント(magnetic moment S極、N極をもつ磁気双極子)をもっている。しかし、導体を流れる電流は、通常なら電荷のみの流れであり、スピンによる磁気モーメントは流れていない。これは電子スピンの向きがランダムにばらついていて、全体として打ち消し合っているからである。しかし、スピンの向きがある方法に偏った電子群の流れ、すなわちスピン偏極電流(spin polarized current)を生成することが、現在では可能になっている。スピン偏極電流にともなうスピンの流れをスピン流とよぶ。スピン流の生成には、強磁性体と非磁性金属の接合体が用いられる。強磁性体に電流を流すことで、スピン偏極した電子が非磁性体に流れ込み、接合面付近にスピンが蓄積されるからである。静磁場とマイクロ波を用いて強磁性体に磁気共鳴を起こさせることによっても、大量のスピン流を非磁性体に注入できる。また、強磁性体や外部磁場を用いずにスピン流を生成する技術も開発されている。
通常のエレクトロニクスは電子がもつ電荷のみを利用するのに対して、スピン流によって電子スピンを利用した電子技術はスピントロニクスとよばれ、高集積、高速、低電力消費での磁性体への情報の書き込みなどを可能にする新しい電子技術として注目を集めている。また、スピン流がその垂直方向に電流を生じるという性質、すなわち逆スピンホール効果(inverse spin Hall effect)とよばれる現象を利用することで、スピン流を電気的に検出したり、スピン流を電気エネルギーに変換したりする可能性も期待できる。しかしながら、スピントロニクスを基礎づけるための物理学は、未確立で発展の途上にある。