熱平衡状態(thermal equilibrium)にある物質のマクロな状態はまったく静的だが、ミクロに見ると、さまざまな状態間の遷移が絶え間なく起こっている。それは原子間の衝突や、光の放出吸収によるエネルギーレベル間の遷移や、化学反応のミクロな過程などを通じてである。状態遷移を繰り返す結果、統計的にはそれぞれのミクロ状態にシステムが滞在する確率が決まる。二つのミクロ状態をA、Bとし、それぞれの状態への滞在確率をPA、PBとする。システムは一般にこれら二つの状態間をランダムに遷移するが、「PAとA→Bの遷移確率の積」=「PBとB→Aの遷移確率の積」という等式が成り立っていれば、これら二つの状態間で統計的にバランスしていることになる。熱平衡状態の統計力学(statistical mechanics)によれば、あらゆるミクロ状態のペアについて同様のつりあいが成り立つことが知られており、これを詳細つりあいの原理という。理論的には、別の形で三つ以上のミクロ状態間でつりあいが成り立つことは可能である。たとえば、A→B→C→Aのように一方向的な遷移で循環的につりあいが達成される場合である。しかし、熱平衡状態においてはこのようなつりあいは成り立っていない。一方、非平衡定常状態(non-equilibrium steady state)では詳細つりあいの原理は破れ、一般に循環的な遷移過程を含むつりあいが成り立っている。分子集団のミクロ過程を計算機シミュレーションすることで、熱平衡またはそれに近い物質の性質を調べる場合、分子の力学運動を直接追跡する分子動力学法(molecular dynamics)と、ミクロ状態間の遷移を確率的に行わせるモンテカルロ法(Monte Carlo method)の二つの代表的シミュレーション法があるが、後者は詳細つりあいの原理にもとづいた遷移確率を用いている。