数学的にモデル化することを通して動的な物理現象や自然現象を説明したり予測したりしようとする場合、着目する現象に含まれる力学的な変数(自由度 degrees of freedom)の数は一般に多大で、まともには扱い難いという困難が立ちはだかる。幸いにも、多くの場合、現象にとって積極的な役割を果たすのはごく少数の自由度であり、大多数の自由度はこれらに隷属して振る舞う。H.ハーケンはこの一般的性質を隷属原理(slaving principle)と呼んだ。これを理論的に発展させ、大多数の非本質的な自由度を系統的に消去することを可能にした理論を縮約理論と呼んでいる。気体運動に関するボルツマン方程式(Boltzmann equation)から流体運動の方程式を導出したチャップマン-エンスコッグ理論(Chapman-Enskog theory)は、100年もの歴史をもつ古典的な統計力学理論であるが、これは一種の縮約理論とみなされる。
近年、複雑系の科学や非線形科学においても縮約理論の有効性が広く認められるようになった。現象にとって本質的に重要な自由度とは時間的にゆっくり変動する自由度であり、それは言い換えれば安定性が中立的(すなわち不安定な増大傾向と安定状態への減衰傾向の境目にあるような)自由度である。このような自由度は、分岐現象(bifurcation phenomena 相転移現象に対比される、散逸構造の出現・消失現象)における分岐点(bifurcation point)近傍に現れる。また、位相(phase)という特別の力学的自由度が存在するシステムでは、位相自体が中立的自由度となる。この事実に基づく縮約理論によって、パターン形成(pattern formation)や同期現象(synchronization phenomena)など複雑系の多様な非線形現象の解明が著しく進んだ。