ドストエフスキーは米川正夫、チェーホフは神西清といった翻訳の定番ものが様変わりしている。定番中の定番だったサン=テグジュペリの『星の王子さま』の内藤濯訳が翻訳独占権が切れて、新訳が十数種も出たことは記憶に新しい。また、名訳とされる野崎孝訳のサリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』は、村上春樹訳で『キャッチャー・イン・ザ・ライ』として新しく翻訳されたのが評判となった。
池内紀がカフカの作品集を新訳し、松下裕訳のチェーホフ全集が完結した。『失われた時を求めて』や『ユリシーズ』、『ドン・キホーテ』などの、これまでに定評のある、古典的作品の翻訳についても、新しく翻訳しなおされる傾向が続いている。ナボコフの『ロリータ』、カポーティの『冷血』などの翻訳は、新訳というより新解釈といえるかもしれない。これはむしろ日本語の問題であり、50年も前の翻訳の日本語は、現在の読者にはすでに理解しにくい。これを踏まえて、岩波文庫ではモーム『月と六ペンス』やモーパッサン『脂肪の塊』を含む新訳19冊を出版。光文社文庫では、新訳の古典文学文庫を創刊した。中でも亀山郁夫によって新訳された『カラマーゾフの兄弟』は、‘カラ兄'の略称でブーム化した。亀山訳ではさらに『罪と罰』が出され、野崎歓『赤と黒』や望月哲男『アンナ・カレーニナ』などの新訳も話題となった。