日記文学は、深い内省や自照、高い記録性や記述描写などにより、日記を文学作品にまで高めたもの。日本では、平安初期の紀貫之「土左日記」を祖とし、平安中期から鎌倉時代にかけて、「蜻蛉日記(かげろうにっき)」「紫式部日記」「更級日記(さらしなにっき)」「十六夜日記(いざよいにっき)」「とはずがたり」など、主に女性によってすぐれた作品が書かれた。ただし、これらの日記文学は、物語的部分も含んでおり、近代的な日記文学よりも幅の広いものとなっている。江戸時代には、松尾芭蕉が「奥の細道」などの日記的ともいえるすぐれた紀行文を書き、近代以降では「樋口一葉日記」「啄木日記」や、永井荷風の「断腸亭日乗(だんちょうていにちじょう)」などがよく知られている。一方、日記体小説とは、日記の体裁でフィクションを書いたもの。近代では、谷崎潤一郎が家族関係の中に妄想と幻想、倒錯と疑心暗鬼を浮かび上がらせた「鍵」(56年)や「瘋癲老人日記(ふうてんろうじんにっき)」(62年)などがよく知られている。また、近年では小川洋子も、芥川賞受賞作「妊娠カレンダー」(91年)や「原稿零枚日記(げんこうぜろまいにっき)」(2010年)などで、新たな可能性を見せている。