「リズ」の愛称で知られ、最後のムービー・ゴッデス(映画女神)といわれたエリザベス・テイラーが2011年3月23日に死去。享年79。端正な美貌はハリウッドのメロドラマにうってつけで、多数の作品に出演し、アカデミー賞主演女優賞を2度も受賞。ギャラ100万ドルを得た最初の女優でもあった。1932年2月27日ロンドン生まれ。子役出身で、ハリウッドのスタジオで大きくなったせいか、社会的な常識が通用せず、18歳でホテル王の息子コンラッド・ヒルトン・ジュニア(パリス・ヒルトンの大叔父)と結婚するが、10カ月後には離婚し、その後も結婚、離婚を計8回も繰り返すなど、奔放な私生活でも有名だった。タイトルロール(題名役)を演じた大作「クレオパトラ」では予算オーバーで製作した20世紀フォックスの屋台骨がゆらぐことにもなった。この作品で共演したリチャード・バートンとは2回結婚している。引退後はエイズ撲滅運動に寄与、マイケル・ジャクソンとの交流でも知られ、今日のセレブブームは彼女に始まるとも言われている。テイラーと同じように映画スタジオ・システムを支えてきた元東映会長の岡田茂が2011年5月9日に死亡。享年87。1924年3月2日、広島県生まれ。東京大学卒業後、47年に東横映画(東映の前身)に入社。プロデューサー、京都・東京の両撮影所の所長、社長、会長を歴任し、映連(日本映画製作者連盟)会長も務めた。1950年「きけ、わだつみの声」のヒットで注目され、その後は時代劇、仁侠映画、実録、エログロ、文芸大作の製作をリードし、最後のカツドウ屋と呼ばれた。「映画の本質は泣く、笑う、手に汗にぎるだ。この3つの要素がないと映画は当たらん」というのが口癖だった。息子は東映社長の岡田裕介(本名・岡田剛)。他にテレビ映画「刑事コロンボ」でおなじみのピーター・フォーク(1927年9月16日~2011年6月23日)、グラマー女優のジェーン・ラッセル(1921年6月21日~2011年2月28日)、監督では「トミー」のケン・ラッセル(1927年7月3日~2011年11月27日)、「ブリット」のピーター・イエーツ(1929年7月24日~2011年1月9日)、「十二人の怒れる男」のシドニー・ルメット(1924年6月25日~2011年4月9日)らも亡くなっている。