三味線伴奏による語り物と人形芝居を組み合わせた人形浄瑠璃は、江戸時代初期から民衆に愛好されていたが、元禄年間に竹本義太夫が創始した義太夫節と、近松門左衛門作の浄瑠璃が人気を呼び、特に「曽根崎心中」「心中天網島」など実際の事件を題材にしたリアルな作品で新しいジャンルとして確立した。その後、歌舞伎と競いながら多くの名作を生んだが、江戸時代後期には衰退に向かい、明治以降は文楽座が唯一の専門劇場となった。このため次第に「文楽」がこの芸能の名称となり、1963年には国・大阪府・大阪市・NHKの援助による公益財団法人文楽協会が設立され運営に当たっている。義太夫を語る太夫と三味線弾き、三人で遣う精巧な人形を操る人形遣いの三業が一体となって上演。東西の国立劇場が主な公演場所で、技芸員の養成も行っている。