アラブ圏における歌謡は、レコード産業が始まって以来エジプトが中心だったが、エジプトの名歌手たちが物故し、伝統音楽からポピュラー音楽に重心が移ったころから、レバノンがリードするようになった。特にレバノンのフェイルーズ(ファイルーズとも表記される)が1950年代からアラブの伝統に西洋音楽の要素を取り入れた伸びやかな歌唱で高い人気を誇った。レバノンのベカー高原に残る古代遺跡で、55年から行われてきたバールベック芸術祭が、カラヤンやマイルス・デイビスなど大物を招く世界的なイベントとなって以来、レバノンの存在感はさらに高まった。同国からはフェイルーズに続きサバハ、ナワール・アッゾグビーなど人気歌手が続出したが、特に2007年以来、ナンシー・アジュラムの人気が日本でも急上昇している。他方で、モロッコ出身、エジプトに活動の本拠を置くサミーラ・サイードが、05年前後から圧倒的な歌唱力で高い評価を得てきた。彼女も既に50歳を超える年齢だが、10年に、75歳になるフェイルーズが新しいアルバムを発表、やや声の艶は衰えたものの若々しくポップな歌唱で驚嘆させた。