イサオ・タオカ。日本名、田岡功。駐日パラグアイ大使。
8月25日、日系移民1世のイサオ・タオカが祖国にUターンして、駐日パラグアイ大使として着任。
1943年、徳島県生まれ。58年、中学2年のときに両親と共にパラグアイに移住。ジャングルだった25ヘクタールの開墾地を両親を手伝って切り拓いた。お茶とフルーツミカン、油桐(アブラギリ)から収入が得られるようになるまで5年から10年の歳月を要したという。機械化を進めた耕作地は20年間ほどで約600ヘクタールに広がった。現地住民やヨーロッパからの移民などにも呼びかけ、入植地を「ラパス市」へと昇格させ、86年の市制施行時に大統領から市長に任命された。その後、通算4期12年市長を務める。2003年8月に就任したドゥアルテ大統領から駐日大使就任を再三要請され、04年4月日本国籍を離脱し、妻の三千代さんと来日。日本人移民の駐日大使としては、91年に当時のフジモリ大統領の義弟で日系2世のビクトル・アリトミ・シントが就任した例があるが、移民1世はタオカ大使が初めて。