ドン・ブレイザー。Don Blazer。本名、ドナルド・リー・ブラッシンゲーム。Donald Lee Blasingame。元プロ野球監督。
4月13日、阪神、南海(現・ソフトバンク)で監督を務め、日本にアメリカ仕込みの「シンキング・ベースボール(考える野球)」を伝えたドン・ブレイザー氏が死去。死因は心臓麻痺とみられる。73歳。
1932年、アメリカ・ミシシッピ州生まれ。大リーグのセントルイス・カージナルスなどで内野手としてプレーしたのち、67年に南海に入団。大リーグ時代のニックネーム“ブレイザー”を日本での登録名としてプレーし、ベストナインに2度選出されるなど活躍した。現役引退後は南海と広島のコーチを歴任。データや基本を重視した「シンキング・ベースボール」を日本球界に導入して大きな影響を与え、73年には野村克也監督(当時。現・シダックス監督)を支えて南海のリーグ優勝に貢献した。79年からは阪神の監督に就任したが、選手の起用法を巡ってフロントとの確執が生じ、80年のシーズン途中で退任。その後、南海の監督を81年から2シーズンにわたって務めた。