マツモト・ヒロコ。元ファッションモデル。
6月20日、日本人初のパリ・コレクションのファッションモデルとして活躍した松本弘子さんが、パリ市内の病院にてがんのため死去。67歳。
1935年、東京生まれ。アサヒグラフの表紙モデルを経て、55年からフリーのファッションモデルとして本格的に活動を開始。57年にフランスのデザイナー、ピエール・カルダンが来日した際に認められ、60年夏のパリ・コレクションにデビュー。東洋人初のパリコレモデルとなった。日本人形のようなおかっぱの髪形、東洋的な顔立ちでたちまち、花形モデルとなりショーや雑誌などで活躍した。フランス人と結婚し、67年の妊娠・出産を機にモデルを引退。その後は、フランス「ヴォーグ」誌の日本担当編集者などを務めるなど、日仏のファッション界の交流に尽力。70年には故フランソワ・トリュフォー監督の映画「家庭」にも出演した。