ミウラ・ケイゾウ。プロスキーヤー。
1月5日、日本スキー界の草分けで、100歳を超えてなお現役スキーヤーとして活躍していた三浦敬三さんが多臓器不全のため死去。101歳。
1904年、青森県生まれ。北海道帝国大学(現・北海道大学)在学中にスキーを始める。卒業後は青森県営林局に勤務。スキー部で選手兼指導者として活躍し、部を全日本選手権の常勝チームに育て上げた。八甲田山系の山岳スキーを開拓し、スキーを使って山々を歩く姿は「八甲田の主」といわれた。64年、60歳にして初の海外遠征を行い、70歳でエベレスト山麓のチャングリ氷河、77歳でキリマンジャロをスキーで滑降。85年にはフランスのシャモニーからスイスのツェルマット間の100キロを、2003年には息子の雄一郎、孫の雄大と共にモンブラン氷河を踏破した。05年4月に北海道のスキー場で転倒し頸椎(けいつい)を損傷。順調な回復をみせていたが、同年9月に脳梗塞で倒れ、闘病生活を送っていた。03年に内閣総理大臣表彰、フランス政府スポーツ青少年功労賞を受賞。写真の腕前も一流で、イタリアの世界山岳写真ビエンナーレ展などで入賞している。また、雄一郎は世界7大陸最高峰をスキーで滑降し、70歳のエベレスト登頂世界最高年齢記録を持つ。孫の豪太はフリースタイルスキーの元冬季五輪代表。