マハティール・モハマド。MAHATHIR bin Mohamad。
10月31日、マレーシアのマハティール首相が22年の長期政権にピリオドを打ち引退。
1925年、マレーシア・ケダ州生まれ。医師から64年に下院議員として政界入りするが、69年「建国の父」と呼ばれた当時のラーマン首相の華人(中国系)融和策を批判。統一マレー国民組織(UMNO)から除名処分を受け、選挙に落選。72年UMNOに復帰し、74年議員に返り咲き、初入閣し、81年首相に就任。マレー系住民を優遇した「ブミプトラ(土地の子)」政策や、日本や韓国に学ぼうという「ルック・イースト」政策を採用し奇跡とも呼ばれる経済発展を果たした。本来は 98年に引退の予定だったが、97年のアジア通貨危機で引退を延期。IMFの支援を断固拒否し、98年にはマレーシアの通貨であるリンギットの為替固定化を一方的に宣言するなど、マレーシアの金融市場を世界から隔離するという荒療治で経済危機を克服したが、その指導力にもかげりが見えていた。31日には首相職務の引き継ぎを経て、後任の第5代首相にアブドラ・バダウィ副首相が就任した。