イエナガ・サブロウ。歴史学者。
11月29日、教科書検定を違憲と訴えた「教科書裁判」で知られた家永三郎さんが、心不全のため死去。89歳。
1913年、名古屋市生まれ。37年、東京帝国大学国史学科卒業。東大史料編纂所、旧制新潟高校教授を経て、44年、東京高等師範(のちの東京教育大)教授。77年に退官後、84年まで中央大教授を務めた。戦後、国定教科書「くにのあゆみ」の編纂に参加。52年から高校教科書「新日本史」を執筆。62年度の検定で不合格とされ、65年最初の教科書訴訟を起こした。訴訟は66年度の検定を対象とした第2次、80、83年度の検定を対象とした第3次訴訟と続いた。第2次訴訟の1審判決は教科書検定を違憲としたが、最高裁が差し戻し、89年に東京高裁で敗訴が確定。第1次訴訟も敗訴となったが、第3次訴訟では最高裁で97年、検定意見の中に裁量権の逸脱があったと認められた。これにより「一部勝訴」が確定し、32年に及ぶ一連の裁判が終結した。自伝「一歴史学者の歩み」がある。