ヨハネ・パウロ2世。Johannes Paulus II。本名、Karol Jozef Wojtyla。ローマ教皇(ローマ法王)。
4月2日、第264代ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が、敗血症によるショック症状と心不全のため死去。84歳。
1920年、ポーランド・ワドビッツェ生まれ。8歳で母を、12歳で兄を、20歳の時には父を失い、ナチス・ドイツによるポーランド侵攻下、クラクフの地下神学校の神学生となった。終戦後、クラクフで司祭に叙階。64年、教皇パウロ6世によってクラクフの大司教に、67年には47歳という若さで枢機卿に親任された。78年パウロ6世が死去。後任のヨハネ・パウロ1世も在位わずか34日で急死。この時の教皇選挙(コンクラーベ)における8度目の投票で、イタリア人以外では455年ぶりの教皇に選ばれ、ヨハネ・パウロ2世と名乗ることとなった。教皇登位後は、26年間の在位中129カ国を訪問し、多くの政治リーダー、諸宗教の指導者と会見。その間の81年には、サンピエトロ広場で狙撃される。しかし、その後も「空飛ぶ聖座」と呼ばれるほど精力的に活動していたが、近年はパーキンソン病で肉体的に苦しんでいた