ヤマモト・コテツ。本名、山本勝。元プロレスラー。
2010年8月28日、元プロレスラーで、引退後はプロレス中継の解説者としても活躍した山本小鉄さんが、低酸素脳症により死去。68歳。
1941年10月30日、神奈川県生まれ。市立横浜商業高校を卒業後、63年に日本プロレスに入門。力道山の最後の直弟子となる。67年のアメリカ遠征では、星野勘太郎とタッグチームを組み、現地で評判となっていたヤマハ製オートバイにあやかったヤマハ・ブラザーズを結成。72年、アントニオ猪木が設立した新日本プロレス(新日)の旗揚げに参加。170cmと小柄な体格を人一倍のトレーニングで鍛え上げ、小柄な体から繰り出すパワーファイトで人気を集めた。80年現役を引退。「鬼軍曹」の異名をとる熱血指導で前田日明、藤原喜明、高田延彦、武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也、船木誠勝ら多くの選手を育て新日の黄金時代を支えた。テレビ解説などでも活躍し、新日の審判部長として外国人レスラーの暴走を止める際に解説から離れる「あっ、ちょっと待ってください」のセリフは著書のタイトルにも使われた。