イナオ・カズヒサ。元プロ野球投手。
2007年11月13日、西鉄ライオンズ(現、西武ライオンズ)のエースとして通算276勝を挙げ、「鉄腕」と呼ばれた稲尾和久さんが、悪性腫瘍のため死去。70歳。
1937年、大分県生まれ。中学校の野球部では、ポジションは捕手。別府緑丘高等学校(現、大分県立芸術緑丘高等学校)に入学後、投手に転向しエースとなったが、甲子園出場は逃した。56年シーズンに西鉄に入団。当初は打撃投手の扱いだったが、キャンプ中に実力を認められ、同年の開幕戦で初登板。21勝6敗の成績を残し、チームの日本一に貢献。新人王と最優秀防御率(1.06)のタイトルを獲得した。翌57年には20連勝を含む35勝を挙げて「鉄腕」と呼ばれ、58年の日本シリーズ(対巨人)では、計6試合に登板して、3敗後の4連投4連勝で日本一に。第5戦では自らサヨナラホームランを放ち、「神様、仏様、稲尾様」の文字が新聞の見出しを飾った。61年には日本記録の42勝を達成(スタルヒンとタイ記録)。63年までに234勝をあげたが、その後、右肩痛のため登板数が減少し、69年に引退。通算成績は756試合276勝137敗、防御率1.98。引退後は西鉄、太平洋、ロッテの監督を歴任。93年、野球殿堂入り。最近では、野球解説のほか、マスターズリーグの福岡ドンタクズの監督としても活躍。07年10月に、別府市民球場内に「稲尾記念館」が開館したばかりだった。