現在知られている中でもっとも強い神経毒(nervous poison ; neurotoxin)をもつバチルス科の細菌。ボツリヌス中毒(botulism poisoning ; botulism)と呼ばれる細菌性食中毒(bacterial food poisoning)をもたらし、毒素の性質によってA型からG型まで七つのタイプに分類される。ヒトに中毒をもたらすのは、A、B、E、F型とされ、日本ではE型が多く、北海道や東北地方の海岸の砂の中に分布し、1984年には、熊本県の「辛子蓮根」という郷土料理から集団食中毒を起こしたが、これはA型によるものだった。症状は12~24時間で現れ、まず気分が悪くなり、嘔吐(おうと)や下痢、頭痛や目眩(めまい)を起こし、視力障害や呼吸困難などの神経症状に至り、その致死率は20%に達する。古くはドイツなどでソーセージやハムからこの食中毒が起こることが知られ、ラテン語で「腸詰め」を意味する「botulus」から「ボツリヌス(botulinus)」と名付けられた。酸素があると生育できず、熱や乾燥、薬剤など、生息が難しいような状況になると、芽胞(がほう spore)といって、自らの細胞の中に胞子に似た休眠状態の細胞をつくり、土の中や水の中、動物の腸の中などに潜伏し、条件が整えば本来の形に戻って増殖していく。この芽胞のため、殺菌は容易ではなく、120℃で4分間、100℃で6時間以上の加熱をしなければ、完全に死滅させることはできず、缶詰や瓶詰、真空パックのような酸素が入っていない食品において加熱が不十分である場合に繁殖しやすい。また、1歳未満の乳児にハチミツを与えると、中枢神経が侵される乳児ボツリヌス症(infant botulism)を発症することもあり、致死率は1~3%ほどとなる。いっぽうで、この毒素成分は美容整形の分野で活用されており、注射によって顔の神経の一部に作用させることでシワをつくる表情筋を動かないようにしてシワを消すという「プチ整形」の一つとして効果をあげている。この治療はボトックス治療、あるいはボトックス療法などと呼ばれているが、「ボトックス(Botox)」はアメリカのアラガン社の商標名となる。