ウイルスや細菌などの侵入門戸となる粘膜上の免疫力を高めることを目的とした次世代ワクチン。一般にワクチンは、無毒化した病原体やその要素を抗原として体内に投与することによって免疫系を活性化し、抗体をつくることで病原体の排除を成り立たせるものであり、注射による投与が一般的となる。一方、多くの感染症の場合、ウイルスや細菌は粘膜の上皮細胞層で増殖するにもかかわらず、血液中に存在する抗体はその層と離れていることもあり、粘膜上では免疫応答が働かないに等しい。半面、消化管や呼吸器の粘膜には免疫関連のリンパ組織が存在しており、その働きを誘導できれば、粘膜と体内の二段構えの免疫応答を獲得することができる。現在、消化器系を対象とする「飲むワクチン」「食べるワクチン」こと経口ワクチン(oral vaccines)や、呼吸器系の入り口となる鼻腔を対象とする「塗るワクチン」こと経鼻ワクチン(nasal vaccines)などの開発が進んでいる。前者に関しては、たんぱく貯蔵機構により長期保存が可能なコメを使い、遺伝子操作によって抗原となる物質を発現させてワクチンとする試みがなされており、後者に関しては、ワクチンの抗原が免疫機構に到達する前に、鼻水によって洗い流されてしまうという問題への対応がハードルとなっている。そうした中、2010年6月21日、東京大学医科学研究所、東京医科歯科大学などの研究チームは、この経鼻ワクチンにつきまとう問題を解決する素材の開発を発表。新素材は「cCHPナノゲル(cCHP nanogel)」と呼ばれ、コレステロールを付加したプルランという多糖類に、プラスに帯電する性質をもつ要素を加えたnm(ナノメートル : 10億分の1m)サイズの粒子でできており、ゼリー状の物質となる。同チームは、神経麻痺をもたらすボツリヌス菌や破傷風菌の一部からなる抗原を、この素材に混入してワクチンを作製。マウスの鼻腔に塗布したところ、粘膜はもともとマイナスに帯電しているため、表面に10時間以上もとどまり、その間に抗原は上皮細胞層を通過して粘膜と体内の双方の免疫機構で認識され、抗体がつくられることが確認された。使用した抗原が中枢神経系に達していないことも確認され、有効性とともに安全性も実証されている。