初期の虫歯であれば、その「う蝕(dental caries)」と呼ばれる箇所を削ることなく、ただ詰めるだけで治療ができるという歯科用セメント。徳島大学大学院の有田憲司准教授らのグループと株式会社ジーシー研究所(東京)が、従来使用されているグラスアイオノマーセメント(GIC)の欠点を補うべく、科学技術振興機構(JST)の助成のもと2008年度から開発を進めており、10年11月18日から南太平洋のトンガにおいて、現地の6~9歳の児童を対象に臨床試験を行うと報じられた。グラスアイオノマーセメントは、粉状の主剤に液状の硬化剤を混ぜて使用する化学硬化型の素材で、歯への接着性が高く、生体になじみやすい。また、硬化後には、主成分であるアルミノケイ酸塩ガラスに含まれるフッ素イオン(fluoride ion)が溶出する性質をもっており、その虫歯予防の効果によって、治療個所が再度虫歯になる二次カリエス(二次う蝕 secondary caries)の予防にも役立つ。しかし一方で、強度が低いために適応範囲が限定されてしまい、樹脂を配合したレジン配合型グラスアイオノマーセメント(レジン添加型グラスアイオノマーセメント resin-modified GIC)など、別の素材を添加したものも実用化されているが、劇的な改善とはいえない。同准教授らは、歯の表層をなすエナメル質の95%以上を占めるハイドロキシアパタイト(Hap ; hydroxyapatite)というリン酸カルシウムの一種に着目し、きわめて微細なハイドロキシアパタイト粉末を特定の割合で配合することによって、高い強度の実現とともにフッ素イオンの溶出量も2~3倍に高まるという素材の開発に成功。最小限のう蝕除去で済む無痛治療を可能にし、3Mix-MP法に続く「歯を削らない治療法」となる可能性もある。