神経幹細胞の移植と抗てんかん薬の併用によって、脊髄損傷をはじめとする中枢神経損傷を劇的に回復させる新しい治療法。奈良先端科学技術大学院大学のあべ(木へんに青)松昌彦研究員と中島欽一教授らが開発し、マウス実験における成果を2010年8月17日に発表した。脊髄のように重要な神経組織や神経回路は、損傷したのちの再生能力が弱く、神経の突起を伸長させるなどのさまざまな治療法も模索されてきたが、回復はおろか麻痺(まひ)症状の改善さえも困難をきわめ、どれも有効とはいいがたいものだった。同氏らは、(1)ニューロン(neuron)などの神経細胞に変化する能力をもつ神経幹細胞を採取し、(2)脊髄損傷のせいで下半身不随になったマウスの患部に移植しつつ、(3)てんかんの治療薬であるバルプロ酸(valproic acid)を1週間投与することで、(4)神経幹細胞を高い効率でニューロンに変化させ、(5)損傷している神経回路をつなぐことに成功。神経幹細胞には、情報伝達を行うニューロン、ニューロンに栄養を与えるアストロサイト(astrocyte)、神経を包む鞘(さや)をつくるオリゴデンドロサイト(oligodendrocyte)の3種の神経細胞に変化する幹細胞が含まれており、これはマウスの胎児の脳から採取する。バルプロ酸とは、遺伝子と結合している塩基性たんぱく質のヒストンに働きかけて、その遺伝子発現をプラス方向に制御する作用(HDAC[histone deacetylase]inhibitor)によって、てんかんの症状を抑えるもの。これが神経幹細胞の遺伝子構造にも影響して、本来1%以下しかニューロンに変化することのない神経幹細胞の約20%までをニューロンに変化させる。また、特殊な色素を用いて神経回路の再構築の様子を追跡したところ、移植した神経幹細胞から変化したニューロンがリレーするように脊髄の損傷部分をつないでいく様子も確認。この治療法を施した脊髄損傷のマウスのうち、6週間後には実に約70%が歩けるようになり、残りのマウスにも劇的な症状の改善があったという。脳卒中の際に生じる神経回路の損傷などへの有効性も含め、画期的な再生治療技術になることが期待される。