京都大学で半世紀以上にわたり暗所で飼育され、世代を重ねているショウジョウバエで、暗黒ショウジョウバエとも呼ばれる。多くの生物は、昼夜の変化に対応した約24時間の活動周期、すなわちサーカディアンリズム(概日リズム circadian rhythm)をもっているが、洞穴の奥のように暗い場所で生息する生物には、このリズムはみられない。そこで、森主一(もり・しゅいち)京都大学名誉教授(2007年逝去)は、生物が光のない場所で生息したとき、どれくらいの時間と世代を経たらサーカディアンリズムを失うのかを調べるべく、1954年11月からショウジョウバエの暗所飼育をはじめた。ショウジョウバエは、寿命が1~2カ月ほどで、1世代(この場合は繁殖可能期間)が約2週間と継代サイクルが非常に短く、暗黒バエが重ねた世代はすでに1300世代とも1400世代ともいわれている。これをヒトのスケールに換算するなら、1世代を25年としたとき、3万2500~3万5000年という、旧石器時代から現代人にいたるまでの時間を経たことに相当する。しかし、それだけの世代を重ねたにもかかわらず、暗黒バエのサーカディアンリズムは依然狂っていない。一方で、同大学の布施直之研究員らが遺伝子の変異について解析したところ、野生のものと比べて外観上の変化はほとんどみられないものの、ショウジョウバエのゲノムサイズ(DNAのすべての塩基の数)約1億8000万のうち約20万カ所で変異が確認できたことが、2012年3月15日に発表された。この変異はゲノム全体の約5%にも当たるが、影響についての詳細はまだわかっていない。しかし、解毒酵素に関する遺伝子が多く含まれており、太陽光を浴びることができない環境では、有害物質が排出されにくくなり、その対処として解毒活性が高まったことが推測できる。また、暗黒バエは繁殖率が高く、世代を重ねて行動や代謝を変化させていくことで暗所に適応した可能性が考えられるという。