電子の流れで動作する従来のトランジスタに対して、わずかな金属原子の移動で動作する新概念のトランジスタ。物質・材料研究機構の長谷川剛主任研究者らのグループが科学技術振興機構(JST)の研究課題の一環として開発し、2010年12月24日に発表した。半導体には、電気が流れる際にマイナス電荷の電子を運び手とするn型半導体(n-type semiconductor)と、プラス電荷の正孔を運び手とするp型半導体があり、「npn」あるいは「pnp」というように、同種の二つの半導体の間に他方の半導体を割りこませたかたちでトランジスタを構成する。npn型トランジスタの場合、接合した三つの半導体それぞれにソース(n型)、ゲート(p型)、ドレイン(n型)という三つの電極端子を設けた構造となり、ソースからドレインに電子が流れるかたちになる(バイポーラトランジスタでは、エミッタ、ベース、コレクタという)。しかし、ソースとドレインの間に電流を流そうとしても、間に割りこんでいるp型半導体の正孔がソースとドレインの電子と「中和」して運び手のいない状態になってしまっているため、電流は流れない。そこで、このp型半導体のゲートにプラスの電圧をかけると、新たな正孔が流れこむため、それに引き寄せられてソースの側から電子が流れこみ、その大半は勢いにまかせてドレイン側に流れていく。このゲート電圧の高低によって電流は制御でき、電気信号を増幅したり、デジタル信号を扱う場合では「オン」「オフ」のスイッチングをすることで「0」「1」を表現したりする。アトムトランジスタは、二つの半導体の間に割りこむ部分に半導体ではなく銅や銀を使い、両半導体との接合部に極薄の絶縁体の層を設けている以外は通常のトランジスタと同じ構造となる。この新規のゲートに電圧をかけると、原子スイッチの原理で金属原子が析出し、絶縁層の中に入りこんでソースとドレインの間に電流が流れる状態をつくり、この制御によって「オン」「オフ」のスイッチングを行う。わずかな金属原子の移動で動作するため、従来のトランジスタの100万分の1程度の消費電力となり、コンピューターの革新的な省電力化が期待できる。また、ゲート電圧をある程度以上に高くすると、移動した金属原子が塊となって絶縁層の中に残る現象も起こすため、演算素子の機能と同時に記憶素子(メモリー)としての機能も持ち合わせていることになる。従来のコンピューターは演算回路と記憶回路を別々に備えているために数分間の起動時間を要するが、一つのトランジスタで演算と記憶ができれば、起動時間ゼロのコンピューターの実現も夢ではない。