ハイゼンベルクの不確定性原理の不備を補うべく、名古屋大学の小澤正直教授が2003年に提唱した数式。不確定性原理は「量子力学においては、物質の位置と運動量(質量×速度)を同時に測定することはできない」とするもので、位置の測定誤差「ΔQ」と、運動量(質量×速度)の測定誤差「ΔP」の関係は、プランク定数を「h(斜体で表記)」としたとき、
ΔQΔP≧h/4π
というハイゼンベルクの不等式(Heisenberg inequality)で表せるとしたもの。
しかし、電子や光子などは、もともと測定前から位置のゆらぎと運動量のゆらぎ、すなわち「量子ゆらぎ(quantum fluctuation)」という不確定要素をもっているにもかかわらず、この不等式にその要素は含まれていない。そこで、小澤教授は、新たに位置のゆらぎ「σ(Q)」と、運動量のゆらぎ「σ(P)」を導入し、
ΔQΔP+ΔQσ(P)+ΔPσ(Q)≧h/4π
と修正を加えることで、量子ゆらぎが欠落している不備を補った。
この小澤の不等式は、もともとの量子ゆらぎが非常に大きなものであれば、位置の測定誤差ΔQと運動量の測定誤差ΔPがともに限りなくゼロに近づいても成立することを意味し、位置と運動量の同時測定が可能であることを示している。
その後09年、小澤教授はウィーン工科大学の長谷川祐司准教授らの協力のもと、原子核を構成する中性子という粒子を使って、この不等式の検証実験を開始。中性子のスピン、すなわち自転の方向は、球体の回転と同じくx成分とy成分の二つで表すことができる。このx成分とy成分を測定すると、不確定性原理の「位置」と「運動量」の関係と同様に、x成分の測定誤差を小さくしていくにしたがってy成分の測定誤差が大きくなっていく。ハイゼンベルクの不等式が正しければ、x成分の測定誤差をゼロに近づけたとき、y成分の測定誤差は無限大に近づくことになるはずだが、実際にはh/4πの1.5倍弱ほどにしかならなかった。つまり、x成分の測定誤差×y成分の測定誤差はh/4πよりも小さく、ハイゼンベルクの不等式は成立しないことが確認されたことになる。さらに、中性子がもつ量子ゆらぎを理論的に求め、小澤の不等式の左辺を計算すると、この不等式が成立していることも確認され、2012年1月15日付のイギリスの科学誌『nature physics』電子版にて発表された。この成果は、量子がもともともっているゆらぎを考慮すれば、全体としての測定誤差をハイゼンベルクの不確定性原理よりも小さくできることを意味し、量子の特異な性質を利用した量子情報処理の技術に貢献することになる。