ヒトを始めとする多細胞生物の遺伝情報をになう因子を遺伝子といい、DNAで作られている遺伝子を構成する最小限のセットがゲノムである。遺伝子のDNAの塩基配列は生まれたときのままで、後天的に書き換わることがない。ところが塩基配列に変化がないにもかかわらず、遺伝子の働きが微妙に変化することがあり、この現象をエピゲノムという。生物のすべての細胞は必ずしも設計通りに働くものではなく、食事や生活上の環境の変化、老化やウイルス感染などの影響によって遺伝子の働きが後天的に微妙に変化することが判明している。塩基配列が同じでも、エピゲノム変化により遺伝子に鍵をかけたり開けたりして、遺伝子の発現にオン・オフのスイッチが入ることになる。たとえば、がん細胞が異常増殖を起こすのは、エピゲノム変化により遺伝子がスイッチ・オンの状態となるためとされる。逆に、スイッチ・オフにして後天的に起きた変化を元に戻すことで、根本的に治癒する可能性もある。エピゲノムの解読は、将来起こりうるさまざまな疾患のリスクを抑制したり、症例に合わせた薬を作るゲノム創薬にも道を開くことになるものと期待される。2010年からヨーロッパとアメリカでは、健康な人を対象に全エピゲノムを解読する国際ヒトエピゲノム解読計画が本格的に始動し、すでに10カ国余りが参加を表明しているが、日本はまだ検討中である。