浮きイネ(floating rice)と呼ばれるイネに備わる、水没時に自身の草丈を急速に伸ばすように働きかける遺伝子。浮きイネは、東南アジアや西アフリカ、南米のアマゾン川流域など、河川の氾濫(はんらん)や洪水が発生しがちな地域で栽培されている品種で、水没に際して急速に茎や葉を伸ばす節間伸長(internodal elongation)を行い、水面に葉を出すことで呼吸を確保する性質をもつ。もともとは通常のイネと同じように1mほどの高さであるが、緊急時には1日当たり25cmという異例の速さで伸長することもあり、10mの水深を克服した例もあるという。名古屋大学・生物機能開発利用研究センターの服部洋子研究員と芦苅基行教授の研究グループは、九州大学などとの共同研究によって、浮きイネが見せるこのメカニズムと、これを発現させるために働く二つの遺伝子の存在を解明。これらの遺伝子を潜水用具になぞらえてスノーケル1、スノーケル2と名付け、2009年8月20日に研究成果を発表した。浮きイネは水没すると、エチレンというガス状の植物ホルモンをうまく発散できなくなり、その結果、内部のエチレン濃度が上昇、これをスノーケル1と2が感知し、茎や葉を急速に伸ばすように働きかける。同グループは、約8000年もの年月をかけて品種改良が積み重ねられた現在のイネの源流となる野生のイネを調べ、もともとイネはスノーケル1と2を保持していたことも確認。これらの遺伝子を失っている日本のイネに同遺伝子を導入したところ、浮きイネの性質を備えるようになることも発見した。浮きイネはその生命力に反して収穫量は低いため、同グループがすでに見いだしている、収穫量を高くする遺伝子との組み合わせなどを試み、新たな品種を作り出すことを視野に入れている。