神経細胞(ニューロン neuron)間の接合部、すなわちシナプスの活動を模して動作する素子(デバイス)。現状の電子デバイスの高性能化はすでに限界が見えているため、新たなコンセプトで動作するデバイスが模索されているが、その一つとして、脳の神経活動のような高い柔軟性をもたせようというアイデアのもとで研究が進められている。物質・材料研究機構の大野武雄博士研究員、長谷川剛主任研究者、青野正和拠点長らのグループは、アメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校のJ.ジムゼウスキー教授と共同で、原子スイッチ(atom switch)を応用したシナプス素子を開発し、2011年6月27日に発表。原子スイッチとは、わずかな隙間で向かい合う金属に電圧をかけることで、その金属の原子の1個ないし数個を移動させて両者をつなぎ「オン」を表現し、逆の電圧をかけることで原子を元の位置に戻して「オフ」を表現するナノデバイスのこと。同グループはこれを発展させて、逆の電圧をかけなくても時間の経過によって自然にオンからオフの状態に戻る新たな原子スイッチを開発。この機能は、電気信号の入力頻度が多かったり電圧が高かったりすれば、データが長期にわたって保存される一方で、逆の場合は短時間でデータが消失することになるため、刺激に応じたシナプスの活動の様子に等しい。そのため、人間の脳の二重貯蔵モデル(dual storage model)、すなわち長期記憶や短期記憶と呼ばれる「必要な情報の記憶」と「不要な情報の忘却」を再現できる、世界で初めての成果となる。この機能はプログラムによる制御ではなく、使われ方に応じて自律的に形成されていくため、自ら学習して賢くなっていくような「脳型コンピューター」や「脳型回路」の実現に通じる。