コンピューターで作成した遺伝子コードに基づいて、化学的に合成したゲノムで、人工ゲノム、合成ゲノムなどとも呼ばれる。ゲノムとは、一つの生物を作るために最低限必要な遺伝子のセットをさす。ジョン・クレイグ・ベンター博士率いるアメリカのJ.クレイグ・ベンター研究所は、すでに解読を済ませてあるマイコプラズマ・ミコイデス(Mycoplasma mycoides)という細菌の遺伝子情報を再現するべく、DNAを構成する4種の塩基、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)を人工的に並べて複数のDNA鎖を合成し、この、いわば「ゲノムの断片」を大腸菌や酵母の中に導入。これらの菌は、一部に穴を開けると、外部のDNAを取り込んで、新たにプラスミドという環状のDNAを形成することができ、医薬品に使うたんぱく質を大量に作るような遺伝子操作に用いられている。導入された「ゲノムの断片」は、DNAリガーゼという酵素によって環状につなぎあわされてプラスミドとなり、完成した一つのゲノムの状態になる。こうして合成した人工のゲノムを取り出し、別の種であるマイコプラズマ・カプリコルム(Mycoplasma capricolum)に移植。すると、カプリコルムの外見はミコイデスに似たものとなり、ミコイデスのたんぱく質しか生成しなくなったうえ、自己増殖も行った。なお、合成したゲノムにはあらかじめ「目印」となるDNA配列を加えているため、遺伝子として機能しているかどうかの追跡が可能となる。マイコプラズマは単細胞生物のため、同研究所では合成細胞(synthetic [bacterial] cell)とも呼んでおり、2010年5月21日付の科学誌「science」にて研究成果を発表。生命体の本質がDNAに刻まれた「情報」であることを示し、生命観にも影響しかねない成果である一方、生物の基本的な仕組みの理解を深め、さらにバイオ燃料の製造や有毒廃棄物の分解などさまざまな特殊機能を備えた細菌を作成する可能性も秘めている。