過去のシーンを、目の前で実際に起きている現実として体験させることができる実験装置。理化学研究所の藤井直敬チームリーダーらが開発し、2012年6月21日に発表された。バーチャルリアリティー(VR 仮想現実)やAR(拡張現実)の技術を応用したもので、被験者には、ゴーグル状の映像表示装置であるヘッドマウントディスプレー(HMD ; head mounted display)とヘッドホンを装着させる。このとき、HMDに取り付けたカメラとかたわらのマイクが、被験者にリアルタイムの映像と音声を届けることになり、被験者は自分が見聞きしている映像と音声を、すなわち、HMDとヘッドホンで体験することを現実のものと思い込むにいたる。しかしあるとき、あらかじめ360度全方位撮影しておいた映像と音声にすりかえる処理をほどこすと、被験者はこの過去のシーンを実際に目の前で起こっているものと思い込むようになる。このさしかえ映像はパノラマビデオカメラであらゆる方位をつなぎ目なく撮影しているため、被験者が頭を動かしたときには映像も同じ方向に連動するようになっていて、不自然さを感じさせない。この際、たとえば、本当は目の前にいない人物が映し出され、挨拶などされると、被験者はコミュニケーションをとるような行為に及んでしまう。次いで、被験者本人が現れる映像にすりかえると、被験者は自分が見ているのが過去の映像であることにはじめて気が付くことになる。だがさらに、本当は目の前にはいない人物がその種明かしを説明するような映像を見せると、今度はそれを現実と思い込むようになり、こうしたプロセスを繰り返すうちに、被験者は自分の体験が現実なのか代替現実なのか区別ができなくなっていく。被験者に自分の体験を現実と信じさせたり疑わせたりする仕組みは、認知に関する心の働きや思考の解明につながり、また外傷後ストレス障害(PTSD)のような心的疾患に対する新しい心理療法にも応用できる可能性がある。