人間の脳に似たプロセスで、自己進化や大規模並列処理に対応するプロセッサー(演算処理装置)。独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS)ナノ計測センターのアニルバン・バンディオパダヤイ研究員らは、アメリカのミシガン工科大学などと共同で、有機分子をプロセッサーとする進化回路を世界で初めて実現し、2010年4月25日付の科学誌「nature physics」電子版で発表した。炭素、窒素、塩素、酸素からなるDDQ(2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-p-ベンゾキノン)という六角形の有機分子は、導電状態の制御によって、通常のプロセッサーに用いているシリコンと同様に一つひとつが“0”と“1”を表せるようになる。そして、これを並べたうえで層状にすると、分子同士の自己組織化現象に基づいて、何本もの手を結び合うように複数の経路を設けながら網目状に連結し、ネットワークをつくることになる。その状態は、集団として機能する脳神経のネットワークに似ており、通常のプロセッサーがデータを一つずつ順次処理していくのに対して、複数の経路を通じて一度に300ビットまでの並列処理を行えるという。この進化回路の処理過程は、ある空間が格子状のセルで敷きつめられているとしたとき、周囲のセル同士が相互作用しながら、全体として複雑な現象をかたちづくると解釈する、ジョン・フォン・ノイマンのセルオートマトン(cellular automaton)のモデルに基づく。DDQの分子層が形成するプロセッサーは、その自己組織化能力によって欠陥を修復する性質や、別の個所で機能を引き継ぐような機能もあわせもち、現在のコンピューターでは処理しきれない、自然災害や病気の発生の予測などにも対応できると期待される。