2002年に生成に成功した水素の反原子。原子をかたちづくる陽子や電子、中性子といった粒子には、電荷が逆の反粒子(antiparticle)が存在し、プラス電荷の陽子に対してはマイナス電荷の反陽子(antiproton)、中性子に対しては反中性子(antineutron)、マイナス電荷の電子に対してはプラス電荷の陽電子(positron)がある。反陽子は陽子を金属標的や他の陽子と衝突させてつくりだすことができ、陽電子はある種の放射性元素から得ることができる。こうした反粒子で構成された原子が反原子(antiatom)で、反物質(antimatter)とは反原子からなる仮想上の物質をいう。ビッグバンの際のような強大なエネルギーは粒子とその反粒子を同じ量生成する対生成(pair creation)を起こす一方、粒子と反粒子が合体すると別の粒子やエネルギーになる対消滅(pair annihilation)を起こす。宇宙生成の初期にはこの対生成と対消滅が繰り返され、やがて対消滅だけが進行するようになったとされるが、現実に反物質は存在せず、反粒子もそうは見当たらない。理論上、粒子と反粒子は同量生成され、ある原子とその反原子は同一の性質をもつはずで、これをCPT対称性(violation of CPT symmetry)というが、実際には粒子がわずかに多かったことになる。この謎の解明には反原子を生成して観察する必要があるが、反水素原子は、磁場と電場で捕らえた陽電子に反陽子を撃ち込んでつくるもので、生成と同時に電気的に中性になるために電場での押さえ込みがきかなくなって逃げられてしまう。10年11月18日、理化学研究所が参加する国際グループは、ヨーロッパ原子核研究所(CERN)において38個の反水素原子を生成し、閉じ込めることに成功したと発表。鍵となる新開発の八重極磁気瓶は、電場を発生する円筒状電極を超伝導磁石による複数のコイルで囲んだ装置で、生成後に電場での押さえ込みがきかなくなる反水素原子を磁場の増大によって押さえ込むもの。衝突でつくった反陽子はエネルギーが高く非常に「熱い」ため、絶対零度(-273.15℃)近くまで冷却したのちに、陽電子とともに電場と磁場で捕らえ、混ぜ合わせることで反水素原子を生成。余分な反陽子と陽電子を電圧の操作で取り除いてから磁場をゼロにすることで反水素原子を解放し、周囲の検出器にぶつかって対消滅する際の様子を観測。それにより、38個の反水素原子を閉じ込めていたことを確認した。