磁場あるいは電場のどちらかを受けるだけで磁化と電気分極の両方を起こすなど、複数の強い性質を共存・相関させる物質。マルチフェロイック物質もしくはマルチフェロイックスとも呼ばれる。磁化(magnetization)とは、磁場を受けると自身も磁気を帯びる現象で、電気分極(electric polarization)とは、電気を帯びた物体がつくる電場を受けた際に、自身の表面に逆の電荷を帯びる現象のこと。磁気は電子のスピン(spin)、すなわち自転がつくりだすもので、たとえば鉄では、無数のスピンの方向がバラバラなせいで磁気を打ち消しあっているが、強い磁場を受けてスピンの方向がそろうと、磁気を発するようになる。一方、マルチフェロイック材料がその特性を発揮するのは、おもに摂氏マイナス二百数十度以下の特定の温度に達した際、スピンの状態が変化することに起因する。結晶内のある軸の上に電子が並んでいるとみたとき、特定の温度以下になると、スピンが円錐形のコマが回転しているような状態に変わり、このコマのような円錐スピンが軸の上に一直線にそろって並ぶようになる。これに磁場が加わると、一つひとつの円錐スピンが斜めに傾き、同時に電気分極が引き起こされ、その電荷がマイナスであるかプラスであるかはスピンの回転方向と傾く方向で決まる。この特性を制御できれば、従来のメモリーデバイスのように、特定の領域に電気的あるいは磁気的に“0”か“1”かを一つだけ記録するのではなく、電気的にも磁気的にも両方で“0”か“1”かを記録できるようになり、記録容量を飛躍的に増大させた革新的なデバイスの創製につながる。2010年12月13日、東京大学の十倉好紀教授らは、電化製品にも使われるありふれた永久磁石「六方晶バリウムフェライト」を使って、マルチフェロイック材料の特性をもつ新たな単結晶試料を作製したことを発表。成分中の鉄の一部をスカンジウムと少量のマグネシウムで置き換えた、いわば「スカンジウム置換六方晶バリウムフェライト」で、温度条件の違いやスカンジウム濃度の違いによっても円錐スピンの回転方向や磁気の極性を変えられ、それを受けて発生する電気分極の振る舞いも制御できるという。また、別方面から調べると、スピンが円錐スピンに転じる温度を最大で摂氏97度まで上げられることも判明し、室温での動作も視野に入った。