炭素を含む2種類の異なる物質を望み通りに結合させ、新たな有機化合物を合成する化学反応。双方の物質に含まれるそれぞれの炭素の一部を電気的にプラスとマイナスの状態にイオン化することで双方を結合し、新たな炭素の骨格をつくりだすことが鍵となる。有機化合物(organic compound)とは、炭素でできている骨格に、官能基(functional group)という、いわばさまざまな原子のグループが結合した化合物をさし、炭素のみでできているダイヤモンドや、単純な構造の二酸化炭素などはそのかぎりではない。クロスカップリングにはさまざまな方法があるが、日本のお家芸であるかのように日本人の姓を冠したものが多く、プラスチックなどの樹脂類、液晶材料や有機電子材料、医薬品にいたるまで、現在の文明生活を支える無数の有機化合物の合成に不可欠な基盤技術となっている。その合成の流れは、(1)物質Aに対しては、金属原子を官能基としてもたせることで、一部の炭素をマイナスにイオン化、(2)物質Bに対しては、臭素やヨウ素などのハロゲン類を官能基としてもたせることで、一部の炭素をプラスにイオン化、(3)両極にイオン化された炭素同士が結合することで、物質AとBを結びつける新たな炭素の骨格を形成、(4)炭素を結合するための官能基同士も結合して副生成物となる、というプロセスをたどる。ところが、炭素同士を結合させることは難しく、たとえば炭素が6角形の骨格をなすベンゼン環(benzene nucleus)や官能基をいくつも含むような複雑な化合物になると、上記のような単純な反応は起こせない。しかし1971~72年にかけて、故・溝呂木勉やアメリカのリチャード・ヘック(Richard F. Heck)らが、化学反応を促進させる触媒(catalyst)として電子を豊富にもつパラジウムを用いる溝呂木-ヘック反応を開発。それを足がかりに、熊田誠と玉尾皓平、そしてフランスのロベール(ロバート)・コリュー(Robert J.P. Corriu)は、(1)の官能基にマグネシウムを用い、小量のニッケルやパラジウムを触媒として添加することで、選択的に炭素を結合させる方法を開発し、クロスカップリングの先駆けとなる熊田-玉尾-コリュークロスカップリングを確立した。その後、反応性が高いために生じてしまう余計な反応をコントロールするなど、より効率のよい反応を求める研究が進められ、根岸英一による、(1)の官能基に亜鉛を用いる根岸クロスカップリングや、鈴木章と宮浦憲夫による、安全なホウ素を官能基とし、その使い勝手のよさから広く実用化されている鈴木-宮浦クロスカップリングなどに発展した。2010年10月6日、スウェーデンの王立科学アカデミーは、「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング」による業績で、アメリカのパデュー大学特別教授の根岸英一、北海道大学名誉教授の鈴木章、アメリカのデラウェア大学名誉教授のリチャード・ヘックの3人に対し、ノーベル化学賞の授与を発表した。