金属材料が水素の侵入によって脆化(ぜいか)、すなわちもろくなる現象で、水素脆性とも呼ばれる。水素原子は陽子1個を核とし、その周囲を1個の電子が回っているだけの最も簡単で軽い元素である。そのため、金属と接すると、その電子は金属の自由電子の一部となって離れてしまい、こうしてイオン化された水素原子は1個の陽子にすぎず、その大きさはゼロに極めて近い。そのため、金属結晶をかたちづくる原子の「すき間」に入り込み、その状態を変化させてしまうものと考えられるが、X線や中性子線を使う結晶解析では直接観測が難しく、詳細なメカニズムは明らかになっていない。しかし経験的に、金属内に侵入する水素の量が多いほど強度特性は低下し、応力が集中する部分ほど水素脆化が起こりやすく、また金属の強度が高いほど小量の水素侵入で脆化が起こりやすくなることがわかっている。九州大学の理事・副学長も務める産業技術総合研究所の村上敬宜(ゆきたか)水素材料先端科学研究センター長らのグループは、新エネルギー・産業技術総合研究開発機構(NEDO)の委託事業のもと水素の影響を調査する中、ステンレス鋼にあらかじめ多量の水素を侵入させておくと、定説に反して強度特性が向上することを発見。2010年7月1日に発表した。実験では、2.2~2.4ppm(ppmは0.0001%)の水素を含む(a)(b)(c)のステンレスを用意し、条件を変えたうえで、0.2mmの亀裂が3mmに広がるまでの経過を比較した。(a)では大気中で1秒に1回ずつ力を加えていくと、8200回で、(b)では7気圧の水素の中で100秒に1回ずつ力を加えていくと、2450回で、(c)ではさらに109.3ppmの水素を侵入させておき、1秒に1回ずつ力を加えていくと、3万2600回で亀裂が3mmに達した。つまり、(c)は(a)の約4倍も長持ちしたことになる。この結果から、あらかじめ水素を侵入させておいたほうが材料の強度が高くなること、水素の中に置かれた材料は壊れやすくなること、ゆっくりとした頻度で力を加えたほうが少ない回数で壊れることがわかった。水素エネルギーを活用するためには避けて通れない、水素侵入を減らすための技術や、水素が侵入しても影響の少ない材料の開発に貢献する新たな知見となる。