コイルの近くで磁石を動かすと、その磁場の変化を受けて、コイルには電圧と同じく電流を流そうとする起電力が生じる。この現象を電磁誘導という。だが、東北大学の前川禎通教授やマイアミ大学のS.E.バーンズ教授らは、10億分の1mというナノスケールの世界においては、磁石を動かさなくても、つまり磁場の変化がなくても、起電力を発生させられることを理論的に予測。両氏らのグループは、これを実現するデバイス(電子素子)を作製して、この理論を実証し、2009年3月5日付で発表した。物質の根源である原子は、まるで太陽の周りを惑星が公転するように、原子核を中心に電子が周回する構造をとる。この電子は、やはり惑星と同様に自転もしており、この状態をスピンといって、その回転軸の向きが磁気をかたちづくっている。たとえば、スピンが左回転のときには、回転軸の上に向かってN極が、下に向かってS極が形成される。そのため、無数の電子の回転軸が一様に同じ向きにそろうと、物質は磁石の振る舞いをみせることになる。そこで、磁気を帯びた物質をナノサイズまで粒子化し、個々に独立した状態にすると、磁場の変化を受けなくても、ただ磁場にさらされているだけで、電子一つひとつの磁気が直接的に影響を受け、結果として、スピンの向きを強制的に反転させられることになる。ここで生じる、エネルギーが起電力となり、電流が流れる。このスピン起電力の発見と実証は、電磁誘導をまとめたファラデーの電磁誘導の法則を約180年ぶりに拡張させる成果となる。同グループが作製したデバイスは、金、マンガン・ヒ素フィルム、ガリウム・ヒ素などを積層した中に、強い磁性をもつマンガンヒ素のナノ粒子を電極として配した「磁気トンネルデバイス」で、これを応用すれば、磁場を受けるだけで自ずと発電する「スピン電池」の実現も夢ではない。また、通常、物質には磁気抵抗効果という性質があり、磁場にさらされると電気抵抗が変化する。一方、ナノの構造をもつデバイスでは、電圧が低いときほど電子同士が反発しあって電流が流れにくくなるものだが、このデバイスは磁場を受けた際にスピン起電力を生じて電流が流れるため、見かけ上、著しく抵抗値が減少する。それを磁気抵抗効果とみなした場合、ハードディスクの読み取りに用いられる磁気センサーの1000倍もの値を示すといい、今までにない超高感度磁気センサーの開発にもつながる。